2007年08月03日
タイの景色
主に移動中の車中からタイの町中を撮影しました。
音声はカットしてあるので、音が出なくても正常です。
一部何を撮っているのか分からないところは説明を入れました。
説明を入れようかどうか迷ったところ
タイ名物、交通渋滞の図
至る所に、王様や王妃様の肖像ががあるの図
後は、王宮近くの花の市の図
は見れば分かると思います。
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2007年08月03日
主に移動中の車中からタイの町中を撮影しました。
音声はカットしてあるので、音が出なくても正常です。
一部何を撮っているのか分からないところは説明を入れました。
説明を入れようかどうか迷ったところ
タイ名物、交通渋滞の図
至る所に、王様や王妃様の肖像ががあるの図
後は、王宮近くの花の市の図
は見れば分かると思います。
2007年07月26日
バーン・パイン離宮は、アユタヤ王朝のプラサート・トーンによって築かれて以来、アユタヤ王朝の夏の離宮として使われてきましたが、他のアユタヤの建築物同様、ビルマ軍の侵略以降、使われなくなりました。
その後、現王朝のラーマ4世の時に再開発されて、再び離宮として使われるようになりました。現在見られる主な建物は、次のラーマ5世の時に建てられたものです。
動画有り
離宮内で、地元の学生が民族音楽を演奏していました。
こちらをクリックすると、演奏の動画が再生されます。
※写真をクリックすると、拡大画像がでます※
※写真をドラッグすると、自由に動かせます※
写真の建物は、プラ・ティナン・アイサワン・ティッパアトで、ラーマ5世像が内部にあります。
ウサギの植栽以外に、象、獅子その他、不明なものまで、いろいろな植栽がありました。
Ho Withun Thasana ホー・ウィトゥン・タサナーは物見の塔で、主に、野生の象や、離宮の周りの風景を眺めるためのものです。下の写真は塔の上から撮ったものです。
ラーマ5世が建てたもので、高さは30メートルの3層構造の塔です。内部は螺旋階段で上れるようになっており、全部で112段あります。
2007年07月25日
アユタヤの中心部は、チャオプラヤー川とその支流に4方を囲まれた中州の中にあります。
この、ワット・ヤイ・チャイ・モンコンは、その中州から外れたところにありますが、バンコクから車でアユタヤに来ると、通り道沿いにあるので、訪れる確率がかなり高い寺院です。
※写真をクリックすると、拡大画像がでます※
※写真をドラッグすると、自由に動かせます※
1592年に、ナレースエン王がビルマの王子との象によるコンバットに勝利したことを記念して作ったチェディだと書いてありました。
かなり大きな塔で上るのが大変でした。中には仏像が何体か安置されていました。
タイといえば、寝仏ですが、この寺院にもありました。
ちなみに、アユタヤの中心部にある、ワット・ロカヤスタの寝仏の方が大きくて有名です。
これは、一番上の写真のチェディを囲んでいるチェディです。真ん中のチェディと比べると、小さいですがそれでもなかなかの大きさです。
タイの空は、日本の空とはまた違った青さで綺麗でした。
雨期に行ったのですが、雨にはふられませんでした。また、雨期といっても日本の梅雨とは違い、一日中曇っているわけではなく、写真のような青空が広がります。
アユタヤのほとんどのワットは、ビルマ軍に破壊されて遺跡になってしまっていますが、このワットは今でも使われています。お坊さんの住む家などもたくさんありました。タイでは、自分の生まれた曜日の仏像を拝むので、自分の生まれた曜日を事前に調べていくと便利です。
自分は金曜日生まれなので、「プラプッタループ・パーンラムプン」という、両手を胸の上で交差し、仏法と伝道について瞑想する立像を拝みます。ちなみに、曜日の色も決まっていて、金曜日は「青」です。
○日曜日
赤色
プラプッタループ・パーンタワーイネート・・・両手をお腹の上で組み、菩提樹を見つめている立像
○月曜日
黄色
プラプッタループ・ハーム・サムトーン・・・左手を垂直に降ろし右手のひらを胸の高さで外に向けて飢餓と日照りを制止している立像
○火曜日
桃色
プラプッタループ・パーンサイヤート・・・右手を枕に乗せて腕を耳に当て手のひらを開いて頭を抱え、左手は腰のほうへ伸ばして目を閉じ両足を揃えて横になった寝釈迦像
○水曜日
緑色
プラプッタループ・パーンウムバート・・・両手でお布施の鉢を前に抱え、足を揃えた立像
○木曜日
オレンジ色
プラ・プッタループ・パーンサマーティ・・・胡坐をかいて瞑想している坐像
○金曜日
青色
プラプッタループ・パーンラムプンと呼ばれます。両手を胸の上で交差し、仏法と伝道について瞑想する立像
○土曜日
紫色
プラプッタループ・パンナークプロット・・・背後にいる7本頭の蛇・ナーガに保護されて瞑想している坐像
2007年07月24日
※写真をクリックすると、拡大画像がでます※
※写真をドラッグすると、自由に動かせます※
ワット・マハータートは、写真の仏像というか、仏頭で有名な寺院です。
この前には、監視員がいて、仏頭よりも高い位置にたって記念撮影すると、怒られます。
仏頭よりも自分の頭を下げなさいということですね♪
アユタヤは、ワット・プラ・シー・サンペットのチェディのように、スリランカ様式のチェディがいっぱいあります。その中で、クメール様式のトウモロコシ型のプラーンはなかなか目立つので、「行ってみたい!」と思うのですが、このプラーン、実はワット・マハータートの敷地内には無いので、いけません。地図で調べたところ、ワット・ラーチャブラナのプラーンの様です。ネットで検索すると、自分同様、マハータートからこのプラーンをみて、行きたい~と思った人が多いようです(笑)
他の遺跡同様、ここもビルマ軍に破壊されたので、このような状態になっています。
頭だけがない仏像の後ろに立って、「自分の顔と一緒に仏像を撮らないでください」って日本語で注意書きがなされていました。
Keep Outとか、その他の注意は英語なんかでも書いてあるのに、この注意だけは「日本語」しかありませんでした。
罰当たりなことするのは、日本人だけ事なのでしょうね・・・。
2007年07月23日
ワット・プラ・シー・サンペットの隣にある大仏寺です。
プラ・モンコン・ボビット仏を本尊とする寺院なので、ウィハーン・プラ・モンコン・ボビットという名前です。
この大仏は、青銅製の仏像としてはタイでも有数の大きさで、高さが17メートルもあります。
暗くて、上の方までよく見えないくらいです。
動画有り
籠の中の鳥を放って、功徳を積む放生の儀式用の鳥が売っていました。
こちらをクリックすると、動画が再生されます。
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※写真をドラッグすると、自由に動かせます※
門前に露天のおみやげ屋さんがあるのですが、ものすごいです。セットになった写真をかなりしつこく売りに来ます。記憶では、それが「200円」(バーツ換算ではなく200円)で売られていました。見た感じ10枚以上あるので、200円ならたいした額でもないから、あれだけ頑張って売りに来れば、買う人もそれなりにいそうです。(だから頑張ってるのか?)
ウィハーンというのは、礼拝堂という意味です。この礼拝堂も、他のアユタヤの遺跡同様ビルマ軍に破壊されたのですが、復元されてよみがえりました。
アユタヤ王宮跡の南隣にある王室の守護寺院です。
※写真をクリックすると、拡大画像がでます※
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3つ並んだチェディが有名でよく写真にも掲載されています。
バンコクのワット・プラケオがモデルにしたことでも有名です。
アユタヤ王朝10代目のラーマーティボーディー2世が1499年に、父と兄の為に塔を建てて、その後、本人の死後、最後の塔が建てられて3つになったそうです。
以前は大きな仏像があったそうです。
大きさは、高さ16メートルで
顔の大きさが、高さ2メートル・幅1.5メートルだったそうです。
さらに、全身が金で覆われていて、その金の量は171.6キロもあったそうです。
そして、その仏像の名前が「プラ・シー・サンペット」なのだそうです。
アユタヤはビルマ軍との戦闘で基本的には破壊されてしまっているので、残っている建物は少ないのですが、このチェディは、なかなか保存状態もよいです。
2007年07月20日
王宮は、エメラルド寺院と一体化しているので、一緒に見学することになります。
※写真をクリックすると、拡大画像がでます※
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エメラルド寺院から、王宮方面に向かうと、一番最初に目にするのは、ボロマビマン宮殿です。
この宮殿は、ラーマ5世以来、国王一家が実際に住んでおられたようで、現国王も以前は住んでおられたそうです。ちなみに、現在はチットラダー宮殿にお住まいです。

アマリン・ウィニチャイ堂
ボロマビマン宮殿は、現在も日常的に使われているので、撮影禁止どころか入ることすら出来ませんから、王宮の敷地内で一番最初に見学できる場所がこちらです。金色の立派な玉座が置かれています。現在も実際に使用するそうです。
こちらは立ち入ることが出来ますが、内部の撮影は禁止です。ちなみに、王宮内は内部撮影はほとんどが禁止です。
王宮といっても、現在は王様が日常的に生活をしているわけではないですが、全く使わないわけではないのに、大胆に一般公開しているところがすごいですよね。びっくりです。

その次は、チャクリー・マハ・プラサート宮殿です。
アマリン・ウィニチャイ堂は、奥行きが大きいので、見学路から宮殿をみると、それほど大きくは感じないのですが、このチャクリー・マハ・プラサート宮殿は、広い辺のほうが見学路に面していることと、庭園が前方に整備されていることから、ほとんどの人が一番印象に残る建物なのではないでしょうか。
こちらは、1階の一部分が「武具・鉄砲博物館」として解放されていて、そこだけは入ることが出来ますが、その他の部分は立ち入ることが出来ません。
全体的には、ビクトリア様式ですが、写真の部分(つまりとんがった部分)はタイ様式が融合しています。
ちなみに、日本では、ディズニーランドホテルがビクトリア様式で建てられるという話です。

ドゥシット・マハ・プラサート宮殿は、ラーマ1世が建造した、王宮内で一番古い建物です。
歴代の国王の戴冠式などに使う建物だそうです。最近では、現国王のお母様のお葬式で使用されたとガイドさんが言っていました。
2007年07月19日
エメラルド寺院は、1782年、王朝成立にあわせてラーマ1世によって建立された寺院です。
ちなみに、本堂(ウボーソット)にあるエメラルド仏は、このときにワット・アルンから移されました。
エメラルド仏は、ひざ幅48.3cm 玉座を含めると高さ66cmのサイズです。
年に3度、夏・雨期・乾期のはじめに衣替えが王様の手によって行われます。
ちなみに、アンコール・ワットの模型が、寺院内にありますが、
これは、アンコール・ワット付近がタイ王国の領土だったことがあるからです。
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寺院全体を囲う回廊には、ラーマキエン物語が描かれています。
お寺全体が、50年周期程度で修復されているようで、現在も修復作業が行われていました。
ちなみに、本堂も改修工事中でした。(中には入れます。)
プラ・シー・ラタナー・チェディは、アユタヤのワット・プラ・シー・サンペットをモデルにした仏塔で、ラーマ4世によって作られました。チェディという名の通り、中には仏舎利が納められています。
プラ・モンドップはタイ様式の塔です。エメラルド寺院で販売しているタイ王宮内庁出版の「エメラルド仏寺院の歴史」という冊子には、図書館であると書かれていますが、図書館といっても、置いてある本は仏典です。
プラ・ウィハーン・ヨットの上部の写真です。
正式名称は、「WAT ARUNRATCHAWARARAM RATCHAWORAMAHAWIHAN」
この名前は最終的にラーマ4世の時に、王によって名付けられたそうです。
日本では、三島由紀夫の「暁の寺」で知られています。
なお、この小説は、4部作の「豊饒の海」と作品の第3部目にあたります。
主人公が輪廻転生していくため、各巻とも繋がっているという形になっています。
転生する=主人公の名前が各巻とも違うということになり、第3部だけを読んでも、内容が理解できます。
自分は、今と違い、インターネットが普及していない時代に、前の巻のあらすじすら知らずに、この「暁の寺」だけを読みましたが、問題ありませんでした(笑)
ちなみに、現王朝の前のトンブリー王朝のタークシン王が寺の名前を「WAT CHAENG」(英語でThe Temple of Dawn)と変えたのが、「暁の寺」の由来。
※写真をクリックすると、拡大画像がでます※
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写真の仏塔は階段があり、かなり上の方まで登れますが、
階段なのに、梯子のようで、めちゃくちゃ急です。
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